ディーテイル・ノート
1. 断熱(1)
Detailは元々ドイツの雑誌ですが、この本で主に採り上げられる欧州の詳細図を見ていると、やはり日本とはいろいろと考え方が違うことに気づかされます。それは気候や地震など外的環境の差によるものもあるでしょうし、建築法規の違いによるものもあるでしょう。このコラムではそういった違いをピックアップしながら、「ここがすごい!」あるいは「ここは日本では真似してはいけない」というようなポイントについて書いていきたいと思います。
今回はまず断熱性能について。建物の断熱性能について、日本の建築法規は何も規定していません。地球環境的な視点もさることながら、直接的に居住性能に影響するこの性能について何も規定していないのは・・・まあいろいろな経緯もあるのですが、採光や換気、さらにはシックハウス関連までいちいち定めている割にはバランスが悪いようにも思えます。(私はべつにそういう規制を作るべきとは思っていません。念のため。)
日本より寒い、あるいはより環境問題を重視する欧州の多くの国々では、建物の断熱性能が詳細に法律で規定されています。そのような国では基本的に外部開口にシングルガラスなどありませんし、ヒートブリッジなどを含めて非常に厳密な断熱設計が行われています。
例えば2006年8月号71ページの「スホート」1の断面詳細図を見てみましょう。特にテラス状に張り出した外部空間と、室内部分のスラブが、完全に熱的に絶縁されているのがわかります。これはきわめて標準的な収まりで、単純なキャンティレバー構造とならないことが、デザイン的な制約にもなってきます。多くの集合住宅がいわゆる内バルコニーのデザインとなっているのは、ひとつにはこのことが原因なのです。(2006.6月号P56、2005.12月号P72なども典型的な例)
いかに厳密に断熱しているか、またそのためにどのようにデザインが影響を受けているか、そこに着目すると、断熱先進国の詳細図から学ぶことは多いはずです。さらに日本にはないいろいろな断熱製品や工法もあるのですが、それは次回以降に。
(2006/09/04)
2. 断熱(2)
引き続き断熱の話です。前回、日本にはないいろいろな断熱製品や工法もある、と書きましたが、その例をいくつか挙げてみましょう。
まずDetail Japanの矩計図を見ていてよく見かけるのが、「断熱フォーム(水勾配)」というものです。水勾配状に厚みが変化する断熱フォームがあるということを、私はこの本を見るまで知りませんでした。ドイツを含む欧州ではほとんど一般工法と言ってよいもののようです。実は日本にもそのような製品があることはあるのですが、そもそも断熱フォームのメーカーがそんなに多くないなかで、いろいろな形状に対応して水勾配が作れるような状況には程遠いようです。もしかしたら、逆に日本の水に対する性能要求のシビアさから、このような製品が作られないのかもしれません。いずれにせよ屋上スラブの外断熱+防水は、もっともっと工法が洗練される余地があるような気がする分野なのです。
前回書いた「テラス状に張り出した外部空間と、室内部分のスラブが、完全に熱的に絶縁されている」部分についても、日本ではちょっと見られない断面詳細図をよく目にします。日本ではこのような外バルコニーは典型的な躯体ヒートブリッジとされていますが、その根元に断熱材を挟んで、しかもキャンティレバーとなっているのは、一体どういうことでしょうか。かなりの圧縮強度を持った断熱フォームは存在しますが、接合はどうなっているのでしょうか。実はこれはいろいろ巧みにごまかされていて、よくあるのは、目立たないようにバルコニーの先端部に支持構造があり、実際はキャンティレバーではないというもの(前回挙げたような事例)。比較的負荷の小さい部位では、貫通配筋くらいで持たせてしまっているものもあります(2005.12月号P47など)。さらには、ポストテンションを駆使した高度な構造設計でこれを実現したものもあります(2006.4月号P68–)。
そしてひとつの究極素材ともいえるものが「断熱コンクリート」です(2006.6月号P50—)。もちろん日本でもこの研究は継続的に行われています。先述した断熱キャンティレバーとともに、地震国日本の構造要求に耐える工法となるならば、いずれも建築表現の可能性を拡張させるものでしょう。
次回は断熱と開口部について書こうと思います。
(2006/09/13)
3. 断熱(3)
予告どおり、断熱と開口部について。
開口部、といっても昨今はやりのガラス張り建築などは、ほとんど壁全体が開口部みたいなものですね。言うまでもなく、通常ガラス部分は外壁部分に比較して圧倒的に熱性能が低くなります。日本では日射による熱取得が問題にされることも多く、オフィスビルのガラス面などはほとんどこれによってガラス種別が決まってくるのですが、より寒冷な北欧ではやはり断熱性能のほうが重要となってきます。いままで欧州では断熱性能基準が厳しいと言ってきましたが、それではレムのガラス張り建築なんかどうなっているのでしょうか?
ひとつ明確なのは、欧州では断熱性能の高いガラスやサッシが圧倒的に普及しています。まず複層ガラスは当たり前。場合によっては3重複層ガラスも用いられます。とにかく建物の断熱基準を満たさなければいけませんから、開口部デザインが決まれば、あとはガラスやサッシの性能でフォローするしかないのです。つまりガラス張り建築では相応の高機能断熱ガラスが用いられているわけで、もちろん、このジャンルの研究開発もかなり進んでいます。
例えばレム・クールハースの在ベルリン・オランダ大使館(Detail Japanでは、幻の創刊前特別号に掲載)では、クリプトンガス充填中空層を挟んだ複層ガラスが用いられています。このような重量ガスの充填は熱の対流伝達を抑制します。さらに内部空間には窓廻りにバッファ・ゾーンとも言える動線部分を設けて、事実上ダブル・スキンのような状態にしています。このガラス張りのデザインのために、またずいぶんと手間ひま(コスト)をかけているものですが、やはり日本よりガラス価格が安いことも作用しているのでしょう。
日本でも省エネルギー、低ランニングコストの流れから、これからより高性能な断熱ガラスが出てくるでしょう。すでに傑作製品のスペーシア(日本板硝子)もありますし、特殊ガス充填の複層ガラスはセントラル硝子などにあります。また8月号の「マテリアル・ノート」で取材した際には、3重複層ガラスも開発されているのを見ました。しかしその一方で、安い海外製の断熱ガラスが大量に流入してくるような予感もします。
(2006/09/29)
4. 防水
日本は、とても雨の多い国です。日本の主要都市の年間降水量をみると、地域にもよりますがほとんどの欧米の都市を上回ります。雨か雪かなど条件は異なりますが、概して日本の建築は多くの水に曝されているといえるでしょう。これらは屋根や防水面、開口部廻りなどの構法の差となって表れてきます。それらを見てみましょう。
ディーテイル誌に掲載されているような海外の詳細図においては、防水ラインはとてもわかりやすいですね。表記として、黒白の縞線で表記されています。それらを見てみると、日本の一般的な考え方と異なる点にすぐ気づかれると思います。この黒白ラインが、ほとんどの屋根面、そして場合によっては壁面でも2重に施されているのです。これは雨水に対する防水ラインが2重にあるということではなく、内部の湿気の流通、結露を防止するための措置です。したがって、2つめの防水(防湿)面は断熱材の内側に施されます。このことにより断熱性能も向上します。やはり日本より寒冷な地域が多く、積雪も多いため、結露・断熱対策が標準的に構法に組み込まれているのです。
また床仕上げ部分(多くの場合、床暖房を埋設した仕上げモルタル部分+硬質断熱フォーム)と躯体との間にも「絶縁層(separating layer)」という黒白ラインが入っています。これも床暖房埋設を前提とした標準構法で、上部モルタルの水分が下地コンクリートに吸収されるのを防ぐためのものです。
この防水面の性能をスペック的に比較するのは難しいのですが、多くがメンブレイン(シート)系の材料であること、その端部の収め方、下地や保護層の強度などを見ると、概ね、日本よりはシビアに考えられていないように見受けられます。ただしこれは地震による下地躯体の挙動があるかどうかでも大きく変わってきますので、一概には言えないかもしれません。しかしやはり防水に対するシビアさは降水量に比例しているような気がします。
(2006/11/14)
5. サッシ
最新号のディーテイル・ジャパン(2007年2月号)は木造建築特集であることもあり、木製の建具による開口部が多いですね。「断熱(3)」のときにも書きましたが、熱性能にシビアな欧州建築において、開口部はやはり断熱の弱点となる箇所です。木はアルミや鉄に比べると熱伝達率がすごく低い材料ですので、サッシ自体がヒートブリッジになる心配は少ないのですが、アルミサッシほどの精度は出ないので、こんどは気密性が問題になってきます。サッシ形状のそのあたりの工夫も意識すると、より詳細図が楽しめます。また製品としては、それぞれの長所を生かしたアルミと木の複合サッシといったものもあります。特に北欧製のものが多く、日本でもそれらを輸入した商品を見かけることがあります。日本では断熱性のためというよりは、デザインとして木の見えがかりとしたいために用いられていることも多いようです。このような商品、リサイクルなどの視点では扱いにくそうですが、そこは環境先進国の北欧ですからうまく工夫されているのかもしれません。
ところで北欧で、そもそも何故ガラス開口の大きいデザインがさかんなのでしょうか。もっと開口部を減らせばよいのに、と思われるかもしれません。しかし冬季に日照が少なく室内で多くの時間を過ごす人々にとっては、外にいるかのように外光が入りながら暖かいという状態が、ひとつのユートピアのように感じられるのではないでしょうか。私の印象では、日本でも、寒冷地ほどガラス張りアトリウムのようなものが喜ばれる傾向があるような気がします。モダニズム建築の登場に一番心が躍ったのは、じつは北国の人々かもしれません。そう考えると、ガラス張り建築が北欧から発信され続けるのもわかります。
(2006/02/01)
6. 過剰の意味
Detail Japan4月号別冊では、前半に日本の住宅作品、後半にエコを意識したリノベーションを特集しています。双方の詳細図を見比べると、いままでここに書いてきたような性能に対する考えの違いが明確にわかります。といっても、それぞれかなり極端な事例も含まれているので、これが双方の意識の差を代表するような事例とは考えられませんが。
欧州のリノベーションの事例において特に性能が過剰に見えるのは、リノベーションという行為自体がかなりエコロジカルなものとして捉えられていることにもよります。それにしても、何重にも重ねられた断熱材や防水層、執拗なまでのヒートブリッジ対策などをみると、やりすぎかと思えるものすらあります。対して日本における性能設計は、部位ごとに用いられる個々の断熱材や防水面の性能を確認し、それひとつにすべてを依存するような考え方です。しかし多種多様な建築において、そのような製品の性能値が本当に安定した性能を保証できるものでしょうか。
たとえば構造設計においても、規定の構造計算方法によって限界値ギリギリの設計を行っているような事例を良くみますが、それだけで自然現象である地震の動きに対して本当に安全といえるわけではありません。実際に多くの建物では、雑壁や造作、サッシ枠なども建物の構造に貢献しており、それが建物性能のプラスアルファの部分となっているのです。本当にギリギリの躯体のみの空間を見ると、法的には問題なくとも「それでいいのか」という気持ちにさせられます。
建築という複雑性・個別性を持った環境において、各機能材料を計算値のみから適切、過剰とみなすことは危ういことです。特に長い時間持続する存在として建築をとらえるとき、「過剰」であることの意味はより肯定的に捉えられても良いのではないでしょうか。
(2007/03/29)
7. ローコストについて
6月号のDetail Japanの後半の特集「ローコスト建築」は、欧州の建築業界の状況が垣間見えてなかなか興味深いものです。ローコストという状況下ではある程度既製品や標準工法を採用せざるをえず、どのような材料が安いか、どのような工法が標準的か、ということがよくわかります。
たとえば日本と比較して、木材(仕上用)やガラス、断熱材などはかなり安価のようです。またプレファブの壁面パネルなどもいろいろとあるようで、上手く活用されています。このプレファブ製品が日本におけるALCパネルのように「いかにも既製品」として外観で見えてこないのは、ほとんどの場合、その外側に外断熱+仕上げが施されることになるからでしょう。今までも触れてきたように欧州では断熱性能が法基準によって定められているため、この外断熱工法も標準工法として確立されており、コストも合理化されています。
このように、各国の既製品や標準工法の差によってローコスト建築に用いられる建材は変わってくるものだと思いますが、根底にある考え方が、デザイン・機能・コストをいかにギリギリまで削ったうえでバランスさせるか、というパズルを解くことであることには変わりがありません。木製の外壁仕上げなども、気候条件や、仕上げの状態に対する考え方という点で、日本よりは耐久性が問題になりにくい状況であることによって採用されていると思われます。そのような視点で見ると、日本ではちょっと真似できないこれらの海外建築にも親近感が持ててくるのではないでしょうか。たとえばP62の「ダルムシュタットの一戸建て住宅」では気積に対する表面積を小さくするように形状の工夫をしていますが、これなどは日本でも使える検討手法では。
(2007/06/06)
8. 壁面緑化の魅力
Deteil Japan 2007年12月号に掲載されたアムステルダムのレジャー複合施設の壁面に、かなり大規模なパトリック・ブラン氏による壁面緑化が施されています。ブラン氏の壁面緑化はパリのケ・ブランリ美術館や日本では金沢21世紀美術館などで見られます。最近では、表参道GYREビルの入口に設置され、ビルのオープニングにはブラン氏も来日されていたようです。氏のすばらしい実績はここでは省略させていただき、その壁面緑化の技術的な側面の特徴を見てみましょう。
・ 基本構成は金属フレーム、PVCシート、ポリアミド製フェルト
・ その設置される環境に応じて、植物が選択される
・ 水遣りは、上部より、栄養物を含んだ水道水を与える
・ 室内などの場合、特殊照明で日射を補う
(DJ 2007-12、P68参照)
特徴として画期的なのは土を用いていないことで、そのことが持つ意味は、結果としてそうなったように、建築との共存が容易になったということです。まず植物壁自体の重量がとても軽くでき(1m2あたり30kg以下)、メンテナンスも容易になり、また土に起因する虫などの問題も(ゼロではないにせよ)軽減されます。この建築空間との適合性の良さは、その延長上に完全に全面緑化された室内空間などを夢想させてくれます。
しかし、エコロジカルな教訓や、人間にとっての植物の意味といったことを、直接的にブラン氏の作品に結びつけることには違和感があります。アートでもなく、建築でもなく、ただ、植物の壁であるという存在感こそが最大の魅力だと思うのです。
ところで東京在住の方は上述のGYREより、六本木の元ヴェルファーレがあった敷地の前に建っているビルの壁面で大きな緑の壁を見ることができます。公式HPにも出ていなくて確認できないのですが、間違いなくブラン氏の作品だと思うのですが・・・。
(2007/12/03)
9. プレキャスト・コンクリート
5月号のDetail Japan誌の特集はコンクリートでした。今までも多くの欧州のコンクリート建築が紹介されてきましたが、日本のRC建築とちょっと異なる特徴があって、気になっていました。皆さんもお気づきだと思いますが、外壁や梁などの主要部分に、プレキャスト・コンクリート(PC)部材が多用されているのです。5月号に掲載されているディテールでも、随所にPC部材を見ることができます。
日本でもPCの構造材や、PC板と現場打ちコンクリートの合成床板などが用いられることはありますが、欧州ではもっと一般的に、PC部材が用いられているようです。もちろん精度や品質といった点で、工場で製作されるプレキャストは現場打ちコンクリートより優れています。しかし日本では主にコスト上の理由により、多量に同じ形状の部材が必要で、乾式工法が要求されるような場合にのみ用いられています。逆に言えば、いつでもどの現場でも生コンが入手できて、きれいに施工できる職人さんがいる、という建設産業基盤が確立されていることも示しています。
これは一言で言えば、ちょっとした建設文化の違いだと思っていました。しかしすこし前に、旧東ドイツのライネフェルデというところで、ドイツ統一後の人口減少と環境悪化への取り組みとして団地の「減築」プロジェクトに参加された相原俊弘氏から、興味深いお話を伺いました。そのプロジェクトでは、減築に伴って解体された外壁のPC材料を、いつかどこかで使うときのためにすべて地下倉庫に収蔵したというのです。本当に使われるのかどうかは解りませんが、リサイクルの大変な鉄筋コンクリートも、このようにリユース材料と考えれば、一転して環境負荷が低い材料になります。日本におけるコンクリート工法のこれからを考えた場合にも、PC工法を取り入れた工法はより積極的に研究されるべきだと思います。
(2008/06/03)